腺癌は一番悪性?
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あれは平成七年の九月のことでした。朝の診察を開始しようとした丁度その時刻に、三件の同じような内容の電話が日本の各地からかかってきました。「先生、今朝のテレビで腺癌は一番悪性だと言っています」と言います。電話の主は三人とも私の患者で、しかも全員が肺癌の患者です。そしてその癌のタイプも全員が同じ腺癌であったのです。


話の主旨は、朝のNHKの連続テレビ小説『春よ来い』で、主人公の夫が肺癌で倒れる場面があったようですが、肺癌の説明のナレーションの中で、「肺癌の中で一番悪性な腺癌」と言っていると言うのです。私は日頃、これらの患者さんに「腺癌は肺癌の中でも一番おとなしい癌です」と説明していましたので、先ほどのような電話になったのでした。


早速昼の再放送で確認しました。確かにテレビドラマの中で、ナレーションの奈良岡朋子さんが「腺癌は肺癌の中で一番悪性」と解説していました。


聞くところによると、このドラマ『春よ来い』は、作者の橋田寿賀子さんの自伝的ドラマとのことで、実際にご主人が肺癌で亡くなられ、その経験をもとにして作られたとのことでした。したがって「腺癌が一番悪性」というのも、当時のご主人の担当医師の説明によるものと考えられます。


そう考えると、この話の意味がわかります。すなわちここで言う「一番悪性」とは、治療する側の医師の立場から述べた言葉です。それは、肺癌を抗がん剤や放射線で治療するとき、肺癌の中でも腺癌が一番効きが悪いので悪性と表現したのでしょう。実際に肺癌であっても、そのタイプが腺癌のときは、これらの治療はあまり効果が期待出来ないのです。


肺癌はその細胞のタイプによって四種類に分類することができます。腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌それに大細胞癌です。これらの癌はいずれも悪性ですが、その悪性の程度は癌のタイプによって異なります。それは、癌細胞の増殖速度が癌のタイプによって異なるからです。


腺癌の増殖速度はだいたい二〇〇日ぐらいで細胞数は倍になります。ところが扁平上皮癌は一五〇日、それに大細胞癌と小細胞癌はそれぞれ約八五日位で細胞数は倍になると言われています。そうしますと、腺癌は肺癌の中でも一番発育速度はゆっくりしていることになります。


一般に、細胞はどんな種類であっても、増殖速度が速ければ速いほど抗がん剤や放射線に敏感になります。発育が速いと代謝も活発になり、それだけ薬や放射線の影響を強く受けるからです。


実際に、抗がん剤の治療では患者の白血球の数が減少したり、吐き気がしたりしますが、それは、白血球を作る骨髄細胞や胃や腸の粘膜細胞が抗がん剤で障害されるためです。それは、これらの細胞の増殖速度が、筋肉や脂肪などの一般の細胞よりも速く、薬に非常に敏感に反応するからです。そのために、これらの細胞は抗癌剤や放射線でいち早く障害され、白血球の数が減ったり吐き気がしたりするのです。


このように考えますと、肺癌の中では腺癌は一番発育がゆっくりで、抗がん剤や放射線が一番効きにくい癌ということになります。そして実際にそうなのです。治療する側の立場から見て、腺癌は抗がん剤や放射線の効果が他のタイプの癌よりも低く、治療効果が現われにくいので一番悪性という言葉が出たのでしょう。それでも、腺癌の増殖速度は他のタイプの癌よりも遅く、肺癌の中では一番おとなしい癌であったのです。


私は、朝の三人の電話の主に今述べてきたことを説明しながら、今さらながらにマスメディアの影響力の大きいのに驚きました。たとえドラマとはいえ、その中に自分の姿を投影して観ているがん患者にとっては、その話の一言一句が非常に大きな意味を持つことをあらためて痛感しました。

| 同じ肺癌でも増殖速度が違う | 05:24 | comments(0) | - | pookmark |
がんの増殖速度を決めるのも遺伝子の仕事
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私が大学の外科学教室に入局した昭和四〇年代は胃癌が多く、癌の手術と言えば胃癌が殆どでした。当時は現在と違って「ガスター・テン」などのような胃潰瘍の特効薬はありませんでしたので、胃潰瘍の手術も多く、毎日のように胃の手術がありました。その当時、農村はまだまだ医師不足で「無医村」が大きな社会問題になっていたのですが、胃の手術があまりにも多く、村人の中には胃の無い人が多くなり、「無胃村?」などという言葉が出来たくらいです。


ところが、現在ではどうでしょうか。がんの世界も様変わりして、肺癌の患者数が急速な勢いで増加しています。統計によると、平成六年には、男性では今まで第一位だった胃癌を抜いて肺癌がトップにおどり出ています。女性ではまだ胃癌がトップで肺癌は第三位ですが、今までの経過から見ると、ゆくゆくは女性も肺癌が第一位になると予測されています。肺癌は大変な勢いで増えています。


肺癌に四つのタイプがあることは前に述べましたが、今回話題の腺癌は肺の周辺の末端の方にできる癌です。そして血管やリンパ管を通って比較的外部に転移しやすい癌と言われています。この癌は肺の端の方に出来る癌なので症状が現れにくく、とかく発見が遅れて『春よ来い』のドラマのように、発見されたときは病気が進んでいて治療が困難なことがよくあります。比較的おとなしいタイプの癌とはいえ、やはり恐ろしい癌であることに変わりはありません。


一方、扁平上皮癌は喫煙者に多く、タバコの煙がまともにあたる肺の入口の太い気管支に出来やすい癌です。その癌はあまり遠くへは転移しませんが、一箇所でどんどん大きくなる性質を持っています。そのために比較的早くからやなどの症状が出ます。特に血痰が出たら要注意です。肺の中心部にできる癌で、どちらかというと手術が困難な癌です。


この二つの癌は、腺や扁平上皮という名前が示すように、粘液を分泌する腺細胞や気管の表面をおおう扁平上皮細胞から発生したもので、癌細胞とはいいながらも、それらの細胞の性質を幾分なりとも備えています。このようなタイプの癌を分化型癌と言います。それは、癌が自分の発生母地にまだ何らかの類似性を持っているという意味です。


ところが、残り二つのタイプの肺癌、小細胞癌に大細胞癌ですが、癌細胞の形が小型か大型であるかを示すだけで、肺に発生したとはいえ、肺のどんな組織とも似てはいません。肺から取ってきたということを知らない限り、何癌だかわからないのです。このような癌を末分化型癌と言います。細胞が器官としての機能を何も持っていない未発達という意味で、それだけ原始的な細胞です。一般には増殖速度は速くたちの悪い癌です。


特に小細胞癌は増殖速度が速く、肺癌の中でも一番悪性度の高い癌といわれています。そのために転移も速く、発見されたときにはすでに他の臓器に転移していることの多い癌です。しかし、それだけに代謝も活発で、抗がん剤や放射線には敏感に反応しますが、それでも肺癌の中では一番治療成績の悪い癌です。


連続テレビ小説『春よ来い』に登場して一躍有名になった肺癌ですが、肺癌だけを見てもこのようにいろいろなタイプがあります。しかもそれは、分化型癌と未分化型癌とに分かれていて、癌の成り立ちを考えるうえで貴重な情報を提供してくれます。


最近の科学では、このように異なる癌細胞の増殖速度に注目して、どのようにしたら癌細胞の増殖速度をコントロールすることができるかという研究がなされています。速度を遅くすることによって、未分化型癌をより分化型癌に近づけ、分化型癌をより正常細胞に近づける試みが行なわれています。これらの操作を遺伝子レベルで行ない、癌を無害化しようというわけです。癌の増殖速度も遺伝子によって支配されていたのです。

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免疫治療専門医 中嶋靖児
中嶋靖児 著

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