免疫反応は常に有利に働くとは限らない
 JUGEMテーマ:がん全般

免疫の仕組みは、生体機能系の中では脳にも匹敵するほど複雑かつ精巧に出来ていて、その特徴として、体の中に入ってきた「異物」を認識する能力を持っています。生体がひとたび非自己である異物を認識するとそれは記憶され、一生その記憶は保持されます。即ち、何年経た後であっても生体がそれと同じ異物に出会うと、免疫系はその異物に対して初回の時よりも迅速にしかも強力に反応します。


ところがその反応は、生体にとって常に有利に働くとは限らないといいます。そこで、免疫系が単なる体を守る機構ではないことを証明する次のような出来事を紹介しています。


一人の子供がジフテリアにかかりました。現在では、法定伝染病でもあるジフテリアは予防注射のおかげで滅多に見ることは出来ませんが、以前は、子供にとっては命にかかわる恐ろしい病気でした。その恐ろしいジフテリアの特効薬は、当時としては画期的な治療法であった「抗血清療法」であったのです。


それは無毒化したジフテリア毒素をウマに注射して作ったウマの血清です。その血清にはジフテリア毒素の抗体が出来ていて、そのウマ血清を患者に注射することで体内のジフテリア毒素を中和し、無毒化することが出来ます。すなわち体液性免疫が成立していたのです。これをジフテリアの抗血清といいます。その抗血清の治療を受けたジフテリアの子供は、たちどころに症状は改善し、死の淵から無事に生還することが出来たのでした。


ところが、その子供が成人して、子供の頃にウマの血清に助けられたことなどすっかり忘れていたある時、作業中に踏みつけた古くぎが原因で破傷風にかかってしまいました。


破傷風菌は神経毒細菌で、その菌に感染すると神経が麻痺してが動かなくなり、口を開くことが出来なくなります。更に毒素が全身に回ると、や背中は硬直して弓なりに反り返り、最後には全身痙攣を起こして死亡する恐ろしい病気です。


この病気から救うことの出来る唯一の方法も、破傷風菌の毒素を中和することの出来るウマで作った抗血清を注射することであったのです。早速、無毒化した破傷風菌をウマに注射して作った抗血清が患者に注射されました。この治療のお陰で症状は一、二日でみるみるうちに改善し、殆ど治ったかにみえました。ところが、数日を経た頃から全身に血管炎が起こってきて至るところから出血が始まり、終には帰らぬ人となってしまったのです。


子供の頃のジフテリア治療のために注射されたウマの血清は、本人にとっては異種蛋白で、それは非自己である異物です。そのために子供の免疫系はウマ血清蛋白を認識しました。大人になって、破傷風治療のために再びウマの血清が注射されたので、ウマ血清蛋白に対して前より一層激しい免疫反応が起こってしまったのです。そのために血管壁では激しい炎症が起こり、そのための出血で死亡してしまったのです。


その人の免疫系は、以前に注射されたウマ血清の異種蛋白を記憶していました。そして、同じ異種蛋白が再び入って来たことで免疫系は更に激しく反応し、全身の血管壁で激しい免疫反応が起こってしまったのです。この反応を血清病といいます。その反応が激しいときには、血圧が急激に下降し急死することがあります。これをアナフラキシーショックといいます。このように免疫反応は、生体に対して常に有利に作用するとは限らなかったのです。


ジェンナーによってもたらされた天然痘予防法の成功によって、それまでは、免疫反応は生体にとって常に有利に作用するものと考えられて来ました。しかしその考え方は、抗血清療法の副作用のために変えざるを得なくなりました。即ち、感染防御としての免疫の意義を見直さなければならなくなったのです。


免疫システムのもつ生体防御機能は単なる結果であって、本当の機能は自己と非自己を見分けることであったのです。そして、免疫反応とは自分以外の非自己に対して起こる生体の反応であったのです。

| 免疫反応の本質 | 14:30 | comments(0) | - | pookmark |
胸腺で教育されるT細胞
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それでは免疫系の中で「非自己」と区別して、このように「自己」を主張する場所はどこなのでしょうか。それは魚類の「エラ」から進化した「胸腺」であるといいます。人では、その胸腺は胸骨の内側にあって子供のほどの大きさです。その中にはT細胞がぎっしり詰まっていて、そこでT細胞への自己確立のための教育が行なわれていたのです。


その胸腺は生まれて間もない胎生期の初期に出現し、思春期には三〇グラムから四〇グラムまでに成長して最大となります。しかしその後は次第に縮小し、その働きも弱くなるといわれています。


T細胞が胸腺由来のリンパ球であることは前に述べましたが、そのリンパ球も初めは骨髄で作られます。それは骨髄にある造血幹細胞から分化して生まれた細胞で、その未分化なTリンパ球前駆細胞が血流に乗って胸腺に来ると、そこで初めて、「自己」を主張するためのリンパ球遺伝子の再構成が行なわれます。リンパ球の教育はここで行なわれていたのです。


具体的には、そこでT細胞表面には、一つの抗原と特別に反応する抗原受容体が出来るのですが、その際に、自分自身の抗原とは決して反応しないように教え込まれます。すなわち、自分自身を攻撃することのないように教育されます。胸腺細胞と同じ遺伝型のものが「自己」であるという教育が、リンパ球に対して徹底的に行なわれます。


そのとき、胸腺上皮細胞とT細胞とが接触して、胸腺細胞と強く反応するT細胞は自分自身を攻撃する「自己反応性T細胞」として、その時点で危険細胞と判定され、細胞死のプログラム「アポトーシス」によって遺伝子は切断され、その細胞は消滅してしまいます。すなわち、自分を攻撃するTリンパ球は全てその場で殺されてしまうのです。このようにして、胸腺で作られたリンパ球の九五%が死滅するといわれています。


結局のところ、僅かに残った「自己」と反応しない細胞だけが生き残って分裂増殖し、胸腺を出てT細胞となります。そして、自分以外の「非自己」とだけ反応する免疫反応に携わります。このようにしてTリンパ球は、外から入ってきた自分以外の細胞だけを攻撃するようになります。免疫系が自分を攻撃しないのはこのような理由からであったのです。これを「中枢性免疫寛容」といいます。自分の細胞は許して攻撃しないと言う意味で「寛容」という言葉を使っています。

| 免疫反応の本質 | 14:33 | comments(0) | - | pookmark |
自己免疫病はリンパ球が自分自身を攻撃したため
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ところがTリンパ球が決して自己と反応しないとは限りません。自己と反応して自分の細胞や組織を障害することがあります。それが自己免疫病です。それは、免疫システムが自分の細胞や組織を攻撃したためです。その原因は、自分と反応するリンパ球である自己反応性T細胞が、胸腺で完全に除去されなかったためといわれています。


胸腺で自分と反応する自己反応性T細胞が完全に除去され、免疫系が自分とは決して反応しないT細胞だけで構成されているのであれば、自己免疫病は発生しません。ところが実際に調べてみると、体の中には、自分と反応する自己反応性T細胞が排除されずにかなり残っていることがわかりました。


それにもかかわらず、大多数の人には自己免疫病は発生しません。自己免疫病にかかっている人は、全体からみればごく一部の人に過ぎません。それは、自分を攻撃する自己反応性T細胞が体内に存在していても、その細胞が働けないようにする何らかのメカニズムが働いているためです。このように、実際の末梢の組織で免疫が自分を攻撃しないのは、自分に対する免疫寛容メカニズムが働いているためといわれています。その働きが弱まったときに自己免疫病が発生すると説明しています。


胸腺で行なわれている自分を攻撃しないようにするメカニズムを中枢性免疫寛容と呼ぶのに対して、末梢の組織で自分を攻撃しないようにするメカニズムを末梢性免疫寛容といいます。私たちの体は、末梢の組織にあっても、自分に対しては免疫反応を起こさないような仕組みをもっていて、その仕組みが作動することで自己免疫病が起こらないようになっていたのです。


そして重要なことは、同じ末梢性免疫寛容はがん細胞に対しても起こっていたことです。免疫系がこのままである限り、免疫システムが自分のがん細胞を攻撃することはなかったのです。がんの治療が現在でも困難である大きな理由はここにあったのです。

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免疫治療専門医 中嶋靖児
中嶋靖児 著

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